FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
宇城道塾 道塾事務局ブログ

自分は純粋な日本人であるという自覚

20101112.jpg先週末に富士山のふもとで行なわれた宇城道塾の合宿2日目。
西湖に逆さ富士がきれいに映っていました。


 ―― 昔の歌に、

  うつるとも月も思わず
 うつすとも水も思わぬ 広沢の池

 という教えがあります。すなわち、身体で学ぶ修行は、
 身も心もオープンにして学ばなければならないということの教えであり、
 修行の本質を諭したものとも言えるものです。

 (宇城憲治『気の開発メソッド 中級編』より) ――


私たちは、なぜ宇城憲治塾長に習うのでしょうか?
宇城道塾や空手実践塾を通して、塾長が私たちのなかに
育もうとされていることとは、何なのでしょうか?

空手実践塾生であり、東京道塾上級生でもある方からの感想文を紹介したいと思います。


10月の実践塾稽古でKさんが腰を悪くされて前かがみな姿勢で型をされていた時に、
宇城先生が「腰をかばわずに逆にスーッと伸ばす、怪我はありがたい」
とおっしゃられたのを伺って、私も足首を9年ほど前に強く捻挫したので思い当たる節がありました。

悪い姿勢で動作を行うと未だに足首がズキっとするのですが、
先生がおっしゃる通りにまっすぐになって腰を落とすと何もないのです。

怪我が自分が正しい姿勢かどうかのバロメーターになってくれる感じです。
不幸の中に幸を見いだす、ピンチがチャンスとはまさしくこのことだと思いました。

転じて、これは自分の現在の状況を不平不満を言って生きるのではなく、
与えられた環境、条件の中で精一杯生きることにも繋がると感じました。

そして今回、見せていただいた宇城先生の活動を伝える映像の中で
オシム監督が「日本のサッカーを日本化する」と書かれていたという引用箇所を見て、
今読んでいる本に書いてあることを思い出しました。


 ―― 昭和の数学者 岡 潔(おか きよし)著『日本のこころ』より

 自分は純粋な日本人であるという自覚ができていてもいなくても、
 あまり違わないと思う人が多いかもしれない。
 しかし実際は徹底的に違うのです。

 自分は純粋な日本人であるという自覚のできていない人を国内向けに使うと、
 いちいち他のものを物指しに使わなければならないから、
 手間ばかりかかって少しもはかどらない。

 自分は純粋な日本人であるという自覚を持っていれば、
 すべて自分を物指しにしてはかるから、その点非常にはかどります。

 このように、純粋な日本人であっても、
 自分はそうであるという自覚のできていないものは、
 国内向きには使いようがないことがわかるでしょう。

 それでは、国外向きに使ったらどうなるか。
 外国からなにか大切なものを輸入しようとすると、
 必ずその国の文化がそれとともにはいってくる。

 ところが自覚できているものは、
 そんなものがはいってきても別にどうということはないが、
 自覚のできていないものは、いつもそちらを向いてよろめいてしまう。
 すなわち、外国向きにはなおさら使えないということになる。

 よろめいた結果、自国をダメだとし、外国をえらいとしてしまう。
 だから自覚をつけることは絶対に必要なことだと思います ――


最初にこの箇所を読んだ時には、自分たちが宇城先生から教わっていることは
まさしくこれだと思いました。
今の日本が他国からの外圧に屈したり、自分達がマスコミの報道に右往左往するのも
結局は自分が定まってないからだと思います。

宇城先生は私たちに、日本の文化の最高級のところを示してくださっている。
揺るがない心を養っていただいている。

心を開いてそれに気付き、自分自身がしっかり芯をつくって
家族や自分の周りの人々も揺らがなくなるように励んでまいります。

どうぞ今後とも厳しくご指導いただきますよう、よろしくお願いいたします。

(37歳 男性 グラフィックデザイナー Y.A)

宇城先生に学びたい方はこちらへ
来年2011年度の宇城道塾(東京・大阪・熊本・仙台)のお申し込み受付中
≪初級 締め切り間近です!≫
 >>>>>[宇城道塾 詳細・お申し込み]

季刊『道』166号 >>>>>[詳細ページ]
スポンサーサイト
宇城道塾 道塾事務局ブログ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。