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宇城道塾 道塾事務局ブログ

“自分”と向き合う 宇城道塾

宇城道塾では、前半が講義、後半が実践という形で進められていきます。
どちらにおいても、目に見えない、自分のなかの気づかない内面の部分を目に見える形、あるいは身体で感じる形で示されます。それは自分のなかの横着さであったり、日常の恐れ、不安、怒りであったりしますが、塾生は実践、実演での体験によって否応なく自分と向き合わされることになります。
しかし、そこに気づかされることで自分が向かうべき方向へ歩み出すのです。
そうした深さある講義の様子が感じ取れる感想文を紹介いたします。


今回も色々な気づきをいただきありがとうございました。
心あるということ、覚悟が出来ているということが本物であるか否かは活字では何もわからないという事を改めて実践を通じて感じました。また、己の遅さも改めて痛感いたしました。 

 メリケンサックの実践をしている人を見て、はっとしました。置いてあるメリケンサックを見て誰も怖いとは感じませんが、実際にそれを手にはめている人と対峙したときには、攻撃を受ける前から恐れてしまいます。それが自分の仕事上のことにダブりました。通常の範囲内の時には、何でもないはずのメリケンサックが数々の障害や問題に忙殺されている時に、思わぬ形でふりかかってきた時に一瞬怯んでしまい、エネルギーレベルが落ちてしまっていることがありました。多くの場合は恐怖心は幻想なのでしょうけれど、意識はもう今でなく、未来の不安へ飛んでいってしまっています。
 別の実践で過去にも何度かやっていただいたものがありました。正座して座り、後ろから肩を抑えてもらい立ち上がるというものです。そのままでは立ち上がれないものが、一度立ち上がって座り、また立ち上がるとすんなり立ち上がれますが、次に余計な事を考えた瞬間に立ち上がれなくなります。
 “愛は言葉でなくて行動である”ということを何度もお話いただきましたが、何故か今回はこの実践を通してこの言葉が腑に落ちました。頭で考えている何かをしようと思っている限りは何もできないし、今という瞬間には生きられません。仕事上でも自分で細かいところに気遣いしながら、結構仕事したと感じることがありますが、実際は人にどう見られるか、人に認められるかがベースになっており、それである限りは自分の本当の力など出せないことがよくわかりました。

 海馬には未来への時間があるとお聞きしました。そして希望がなくなると海馬の働きが止ったようになり、生きる力が無くなると。何度も気を通していただき、実践で自分では出来ない事を出来ると体験させていただいている中に希望を感じました。また、塾長の「地球の歴史、地球の大きさから物事を捉えれば悩むことなど何もない」というお言葉に、数ヵ月ぶりに我に返った心地がしました。
 塾長に倒された繋がった5人が床から起き上がれないのを、塾長は「これが今の日本の現状だ」とおっしゃっていました。今回は起き上がれない5人を見る側ではなく、起き上がれない側におりましたが、これはまるで、起き上がれない日本が諸外国から見られているような感じでした。百の書籍よりも一つの実践のわかりやすさを感じました。
 これまで頭で色々なことがわかったと思ったり、わからなくなったりの繰り返しで何か自分が退化しているようにも感じました。しかしながら塾長の時事のお話、体罰の事、オリンピックの競技種目縮小などのお話を聞かせていただき、数年前であればマスコミに惑わされていた私が、少なくとも今はそうではない事を感じる事ができました。レベルは別としても、方向としては間違っていないという確信だけは持てました。 

 まだまだ自分の心という庭には絶えず“横着、心配、恐れ、不安、散漫”といった草が生えてきます。しかしながら、感謝の気持ちを持って雑草を刈続ければ、いずれ手入れされた庭が自分の天性になるのだと信じます。せっかく、美しい銀河、美しい地球、美しい日本に生かされているのですから、その美しさに自然に感動できるような自分でありたいです。
(神奈川 会社員 52歳 男性)
 


  その他の受講感想文はこちら
  ⇒ 2013年 受講感想文


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