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宇城道塾 道塾事務局ブログ

何のための挨拶か? 正座の検証で知る心の現われ

5/15(火)に岡山道塾が開催されました。
正座をして、肩を上から押さえられている状態で立ち上がる検証がありました。
・心をこめて挨拶をしてから立ち上がる
・いい加減な挨拶をしてから立ち上がる
それぞれの違いについて、感想文が届きました。

感想文を読んでいて、宇城塾長の『人間と気』の一文を思い出しました。

 「挨拶をしましょう」という言葉のスローガンではなく、身体を通して感謝の心を育てる。
 「いじめをなくしましょう」ではなく、思いやりの心を育てる。

  ―『人間と気』より

すべては心の現われであるという「心の発動」ということです。


特に今回の講義で印象に残ったことは、正座をして(上から押さえられている状態から)立つことです。
力を入れれば入れるほど(筋力で立ち上がろうとすると)立ち上がれません。
上から押さえられている人と衝突してしまっているように思いました。
以前は手を回して立ち上がっていましたが、今回は、力を落として立ち上がろうとすると立ち上がれました。
さらに、正座をしていい加減なお辞儀をすると立ち上がれませんでしたが、心を込めてお辞儀をした後は立ち上がることができました。
立ち上がることだけではなく、押さえている側に立つと、いい加減なお辞儀の場合は衝突したような感じでしたが、心を込めてお辞儀をされると力が入りませんでした。
不思議な感じでした。
 講義の時だけ心を込めるのではなく、実践社会で心を込めてお辞儀(あいさつ)などができるようにならないといけないのですが、まだまだ、全然だめな自分がいます。
学んだことを生かして自分を少しでも変えていけることができたらいいなと思いました。
それにはまず、心のこもったあいさつができるようにならないといけないと思いました。
(高校教員 40歳)


今回の塾での体験の中で一番印象に残ったのは、正坐して礼をし、その後立ち上がる体験でした。
普通の礼のあとでは背中を押さえられると起き上がることができないのに、感謝の念を込めて礼をすると、妨げる力をものともせずに楽に立ち上がることができました。
また、逆に感謝しながら礼をした人の背中を押さえようとしても、自分の手にほとんど力が入らないような感じがしました。
「人間にとっては、五感(知覚)で感じられるものだけが実在しており、想起、想念によって得られるものは実在しない架空のものである」と私は長年考えてきました。
しかし、昨年あたりからそのことに疑問を持ち、宇城塾長の本をはじめ、科学書、哲学書など、いろいろな本を読み漁ってきました。
その結果、
「視覚も聴覚も、脳の中の無意識のレベルで整えられ、その後でやっと狭い意識の中で認識されるあいまいなものにすぎない」
「運動にしても、意識して手足を動かそうと思う前に無意識のレベルで指令が出ている」
「人間には五感以上の感覚があり、想念(気)も実在のパワーとなりうる」
などと思うようになりました。
しかしそのことを頭では理解していたものの、今ひとつ実感がなかったのです。
その意味で、今回、感謝の念のパワーを体験、実感できたことは私にとって、大変大きな意味がありました。
(医師 51才)


今回とても印象的だったのが、正座での礼から相手に背中を押さえられる時に、宇城先生が「身を映す(移す)」ことをされた時です。先生がきちんとした礼をされて、私達もそれに自然に感化されるように礼をした時に、私達も押さえられた背中を何事もないように上げることができました。
師がきちんとした礼をすれば、弟子にもそれは伝播します。もちろんこの前提の一つには、師の心が「うつるとも月おもわずうつすとも水おもはぬ広沢の池」のように清明であることがあるでしょう。その心が弟子にも伝播している時に、師の振る舞いの清明さは、弟子が気がつかないうちに弟子にも伝わるのでしょう。

これは教師という仕事についている私にとって、非常に大切な点です。教師の心、そしてからだのあり方が、無意識のうちに生徒・学生に伝播しているというのは怖ろしいことでもあります。
怖ろしいこと、と言いますのは、今回の体験の中に、形の上ではきれいな礼をしつつも、小心の中では自分が嫌いな人のことを思っていると、相手に押さえられた背中が上がらないというものがあったからです。この時、私は実際に嫌いな人の表情を思い浮かべながら礼をしたのですが、見事に背中があがりませんでした。私が否定的な感情に囚われている時に、私は自分の力・可能性をどれだけ損ねているかを思うと同時に、そのような損なわれた身心の状態が若い生徒・学生に伝わってしまうのかと思うと、怖ろしくなりました。

どんな人でもそうでしょうが、特に未来の世代に接することの多い教師としては、どんなことがあっても自分の心身を整え正すことを忘れてはならないと思いました。同時に、自分が自分の心身を整え正すことは、どんな人もどんな組織も止めることはできないのであり、もし現状の教育を正そうとするのなら、まずはどうあっても自分の心身を正すことから始めるべきかと思いました。

今回も大変深い学びをからだで実感することができました。あっと言う間の二時間でした。
(大学教師 48才)


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