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宇城道塾 道塾事務局ブログ

親子塾で何に気づき、何を学ぶか

4月20日(日)の大阪親子塾に参加された方の感想を紹介いたします。

「躾の大切さとともに、一番身近な娘や息子には、『難しい』とも感じました。
 それは、普段の自分自身が説得力のない、だらしない生活をしているので、
 子どもたちは私の言うことは聞かないことは容易に想像できます。」 ――

宇城道塾の「親子塾」は、「子供に何かを教える」場ではなく、親こそが気づき、学ぶ場であるのです。


私自身が変わらなければならないことを痛感
(石川 教員 44歳 男性 YK)

 先日は、貴重な学びの機会をいただき、ありがとうございました。普段、私は、中学校の教員として教壇に立ち、何十人もの生徒に授業をしていますが、昨今は「学力向上」が様々な方面から有形無形の形で求められています。 過程よりも結果が重視され、それもより早い結果を求められます。

 今回の親子塾に参加するにあたり、一瞬で自由自在にあらゆることを変えられる宇城先生の気に対し、私は間違った求め方をしていたと自省しました。何か魔法のようなものが手に入れば、日々の生徒や保護者との軋轢がなくなり楽になるのではないかという邪な、横着な考えが心のどこかにあったと感じました。それは、何人もの大人を押せたときの我が子や他のお子さんの嬉々とした様子から「純粋さ」「無邪気さ」が伝わり、これこそが本来のあるべき姿、強さ、あり方のように思えたからです。

 宇城先生のいろいろなお話とそれをいろいろな形で裏付ける実践を通して、欲張ることや見栄を張ること、利己的な計算することなど、子どもと対称的な位置に自分が立っていることが分かりました。それも段階を経て徐々にそうなっていったことが分かった3時間でもありました。親子で参加したからこその学びかもしれません。そして躾の大切さとともに、一番身近な娘や息子には、「難しい」とも感じました。それは、普段の自分自身が説得力のない、だらしない生活をしているので、口先だけで正座、挨拶、靴そろえと言っても、子どもたちは私の言うことは聞かないことは容易に想像できます。

 今回、改めて大人である私自身が変わらなければならないことも痛感しました。今まで、遠いだの忙しいだの様々な言い訳をつけて学びから逃げていましたが、今回の親子塾を通して、一歩踏み出す決意が固まりました。今回一緒についてきてくれた我が子のおかげであり、何といっても宇城先生のおかげです。本当にありがとうございました。また、学びに伺いたいと思いますので、よろしくお願い致します。



宇城塾長に、正座と座礼、椅子の腰掛け方を教えてもらう参加者
普段し慣れない正座・礼を、子供だけでなく、お父さん・お母さんが練習する姿もありました
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